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映画鑑賞会『鴛鴦歌合戦』報告

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2025年10月10日(金)に行われたJAIP映画観賞会、今回は『鴛鴦(おしどり)歌合戦』を鑑賞しました。前回の鑑賞会後に次の上映作品を決めるにあたり、「なるべく長くないもの、観やすいもの」といった声が上がっていたこともあり、その場で咄嗟に私の大好きなこの映画を推薦してみたところ、そのまま採用していただきました。


『鴛鴦歌合戦』は、マキノ雅弘(正博)監督による1939年(昭和14年)公開の時代劇オペレッタです。骨董品の蒐集にとりつかれた絵日傘職人の志村狂斉(志村喬)は、その日の食事に困るほど貧しくも、娘のお春(市川春代)と仲良く暮らしています。お春は長屋の隣に住む浅井(片岡千恵蔵)に想いを寄せていますが、本人を前にするとつい素っ気ない態度を取ってしまいます。その想いを浅井は知りつつ、お春のことを好ましく思っているけれどお互い素直になれません。そんななか、浅井に惚れ込んだ商人の娘や武士の娘との縁談、若い殿様(ディック・ミネ)がお春に一目惚れするなどのドタバタ恋愛劇を挟みつつ、計略により価値のない骨董品をつかまされた志村が原因で取り返しのつかないトラブルに発展します。その後に待ち受けている結末とそれまでの展開は、いわゆる人情ものの典型と言ってしまえばそうなのですが、この映画はそれに全く留まらない魅力に溢れています。ほぼ戦前の映画とは思えないほどのお洒落で軽快で楽しい作風は、マキノ雅弘の後年の作品にも通ずるテイストそのものです。

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マキノ雅弘の監督としてのキャリアは1920年代から始まり、70年代初頭に引退を迎えるまで、時代劇・任侠ものをメインとしてたくさんの傑作を残しています。早撮り・多作でいわゆるプログラムピクチャーを得意としていますが、その型にはまらない魅力が映画の中から滲み出てきてしまうのは、『鴛鴦歌合戦』を鑑賞した方なら頷く場面がいくつも思い浮かぶでしょう。早撮りで知られるマキノ雅弘の、敢えて役者の地を生かした演出はここでも冴え渡っており(マキノ雅弘の超人的な撮影スケジュールや、いかにそれをこなしてきたかについての驚異の逸話は、自伝「映画渡世 天の巻・地の巻」に詳しいので是非ご一読を)、地を生かすことが親しみやすさや「あじ」が生まれるということにもうまく通じています。とくに志村喬と市川春代の、まるで演技とは思えないような父娘の掛け合いの間、また本人による歌唱は、なんともいえない「あじ」に溢れていて忘れられません。


*実に絶妙な音程のふらつき!今にも落ちそうで落ちない空中ブランコを見ているようなスリリング極まりない歌唱。(中略)破天荒というか度胸満点!私は彼女の”歌の”大ファンになりました。(*2005 『鴛鴦歌合戦』コレクターズ・エディションDVD-BOXブックレット 大瀧詠一『人の縁と時の運』(時の縁と人の運)より)


ジャズを基調とした音楽はたいへん楽しく、「さーてさてさてこの茶碗、ちゃんちゃんちゃわんと音も響く」「とかく浮世はままならぬ 日傘さす人つくる人」など、異なるアレンジで繰り返されるモチーフに鑑賞後もつい頭の中が支配されてしまいます。片岡千恵蔵(出演シーンの殆どを2時間程度で撮ってしまったという)の殺陣の動きは軽やかに、フレッド・アステアみたいにステップ踏んでいるようにも見え、劇伴のスウィングジャズと意外にも融合しています。また、巨匠カメラマン宮川一夫による撮影も素晴らしく、この底抜けに楽しい作風であっても、襖を利用したフレーミングやローアングルからのショットなど端正な画面がたびたび登場して飽きません。たくさんの絵日傘が庭に並べられている場面はとくに美しく、モノクロの映画でありつつテクニカラーのような原色を感じてしまうほどです。


69分という上映時間の短さもあり、先述のとおり大変観やすく楽しい映画です。この映画を気に入ったら是非他のマキノ雅弘作品もご覧ください。東映任侠ものの『昭和残侠伝 血染の唐獅子』は、軽快さと湿っぽくなりすぎない人情味、なにより人物のかわいらしいやり取りなど『鴛鴦歌合戦』とも共通する要素に溢れ、とても楽しいのでこちらも是非鑑賞をお薦めしつつ、また次の機会に、より多くの会員のみなさまとお会いできることを楽しみにしております。

いやぁ映画って、本当にいいもんですね。

それでは次回まで、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

(Taylor & Francis 松川陽野介)


(上映前の食事タイム。お酒、おつまみ、スイーツの差し入れあり)
(上映前の食事タイム。お酒、おつまみ、スイーツの差し入れあり)



 


 
 
 

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