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美術鑑賞会『ルイーズ・ブルジョワ展』報告




11月15日(金)、JAIP美術鑑賞会として、『ルイーズ・ブルジョワ展 地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ』を森美術館に見に行きました。


前回鑑賞した『英一蝶展』のサントリー美術館同様、森美術館も金曜日は20時まで開館しています。六本木ヒルズは早くもクリスマスのイルミネーションで美しく彩られていて、イルミネーション目当てに訪れた人でにぎわっていました。そんな喧騒から遠く離れた森タワーの53階に位置する森美術館で、日本では27年ぶりとなる『ルイーズ・ブルジョワ展』を鑑賞してきました。


以下はその感想です。


* * *


ルイーズ・ブルジョワを知らない人でも、六本木ヒルズの巨大な蜘蛛のオブジェは見たことがあるだろう。


黒々とした、禍々(まがまが)しささえ感じる長い足をもつ巨大な蜘蛛。

しかしそこにつけられた作品名は《ママン》。


この気味の悪さと、ふしぎな懐かしさは、ブルジョワの作品に通底する要素だ。



ルイーズ・ブルジョワは、1911年パリ生まれ。タペストリー工場を営む家に次女として生まれた。しかし、後継ぎとして男の子を期待していた父は、ひどく失望したという。

一家の主として当然のように横暴にふるまう父と、そんな父に依存して、精神的に不安定な母のもとで育ったルイーズは、女性であることの罪悪感や見捨てられる恐怖など、精神的に大きな負荷のかかる状態で、少女時代を生き延びてきた。


ルイーズの生い立ちを知ると、彼女の作品のもつ暗いパワーのようなものも、痛みを伴う自己表現なのだと理解できる。

とくに「母性」は、ルイーズにとって好悪の複雑に混ざり合う対象なのだろう。

第1章の「私を見捨てないで」に展示されている作品は、母体を表現したものが多く、そのどれもが見るものにある種の「痛み」を感じさせる。



けれども、第2章「地獄から帰ってきたところ」に展示されている、《無題(地獄から帰ってきたところ)》は、亡くなった夫が使っていたハンカチに刺繍で言葉をつづったものだが、つらい経験を芸術に昇華することでなんとか乗り越えようという、しなやかな強さを感じさせ、見る者の背中をそっと押してくれるような気がした。


第3章「青空の修復」になると、その姿勢はいっそう顕著になる。家族や親しかった人の衣服や日常生活で使っていた布製品を再利用して、作品を制作するようになるのだ。そうすることで、両親への複雑な思い、過去との関係性をルイーズなりに修復しようとしていたらしい。




このあたりの作品には、どこかほっとするような暖かさがある。


また、この展覧会には、「蜘蛛」のオブジェが2体展示されているが、最初のほうにおいてある蜘蛛が、六本木ヒルズ前の蜘蛛と同様に、どこか凶暴で禍々しいのに対して、最後のほうにある蜘蛛は、金網で作られた小部屋を抱えていて、そのなかには古びたソファーなどがおいてある。手放しで「暖かい家庭」とは言えないが、すくなくとも最初の蜘蛛よりは、なにかを守るものとして蜘蛛をとらえているように見えた。


「もし昇華できるのなら

それがどんなやり方であっても

ありがたいと思うべきだと思う。

ほかの職業のことは話せないが、

芸術家はその力に恵まれている」


これは、あるスケッチに添えられていたルイーズの手書きのメモだが、彼女が芸術をどのように考えていたかがよくわかる文だ。


私としては、壁に書かれた以下のルイーズの文章に共感を覚えた。


「芸術は正気を保証する。

Art is a guaranty of sanity.」


私は本を読むのが好きで、常にかばんに本を入れていないと落ち着かない人間なのだが、本を読むのは、もちろん娯楽がメインなのだが、一方では「正気を保つため」でもあると、心のどこかで思っている。この、どこか狂った世の中で、正気を保つためには、芸術の力が必要なのだ。


さて、全体を見ての感想なのだが、展覧会の流れとして、最後に「青空の修復」を持ってきて、ルイーズが、苦しい過去となんとか折り合いをつけ、芸術に昇華することで心を解放していった、というストーリーにしたいんだな、という企画者の意図はわかるが、すこしきれいにまとまりすぎな気もした。


そうなると逆に、私のようなあまのじゃくは、最初のほうの暗いパワーを感じさせる作品のほうを好ましく思ってしまう。


ともかくも、ルイーズ・ブルジョワが多くの人に受け入れられているのは、女性であることの困難、母であることの困難、生きていく上での困難を、きわめて個人的な経験をモチーフとしながらも、普遍的なメッセージを感じさせる芸術という形に昇華して見せてくれているからではないだろうか。


* * *


今回は、個人会員の方にもご参加いただきました。


日本洋書協会(JAIP)は、洋書輸入・販売業者の組織としてはじまりましたが、近年では個人会員を募集して、洋書にかかわる方だけでなく、洋書好きな方が集まり、広く交流したり、情報交換をする場にしたいと考えていますので、個人会員の方のイベント参加は大歓迎です。

なので、今回の個人の方の参加は、本当にうれしかったです。


各自、展覧会を思い思いに鑑賞した後は、近くの居酒屋へ移動。

はじめましての方、お久しぶりですの方がいるので、あらためて簡単な自己紹介をしました。何回かお会いしている方でも、その人が会社の中でどこの部署にいて、具体的にどういう仕事をしているかまでは知らなかったりするので、この自己紹介は私にとっても意外におもしろかったです。

JAIPのサマーパーティーや新年の賀詞交歓会では、一人一人とじっくり話をすることがむずかしいのですが、こういうイベントの後の懇親会であれば、少人数で楽しくお話ができるので、とてもいい時間をすごすことができました。


今後も不定期に続けていこうと思います。美術に詳しくなくても大丈夫ですので、ぜひお気軽に参加してみてください。


    (MHM 遠藤尚子)



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